2009年08月10日

ロイター通信が大人(?)の対応

ロイター通信が「AP通信がそんなにリンクや引用されるのが嫌なら、ブロガーはロイターの記事にリンクするといいよ」宣言

ロイターの対応も気になりますが、それよりAP通信の対応に疑問。確かに商用利用に対しての何らかの要求をしたい気持ちは分かる。だからマードック氏がGoogleに噛み付いているわけだ。しかし、非商用も含めて課金とは、どういう意味だろう。ましてや「記事の中でAPや記者を批判してはならない」とは、何様のつもりなのだろうか?全くもって、見識を疑う。
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2009年08月01日

ジャーナリズムの再生


ジャーナリズムは再生するか―新New York Times私案

TechCrunchに掲載された、マイケル・アーリントンの記事の翻訳。内容はTechCrunchを見れば分かるのだけど、私が注目したのはAOLの動き。ネット業界では浮き沈みの激しい会社だけれども、まだまだ頑張っているようで、次世代のジャーナリズムを担う一翼になるような予感もします。

今時の若者からすれば「ジャーナリズムって何?」かもしれないけれど、紙からネットへの過渡期を経験した世代からすると、必要にして不可欠なものと感じる。

世の中のネット上に点在するコンテンツと言うのは、役に立つものも多いけど、全く不要な情報は遥かに多い。それらの情報を選別するための視点を育ててくれるのもジャーナリズムだと思う。

ネットの良いところって、人がみている記事(コンテンツ)を人気投票的に露出していくことで、最低限知っておいた方が良いことを広く浅く伝播していく機能。それに対して紙、特にジャーナリズムと言うのは、ジャーナリストが恣意的にコンテンツを選ぶ。この恣意的選択権こそが、ジャーナリストのジャーナリストたる所以だったのですが、それも今は昔。

どっちが正しいのかは明言できないのですが、私の場合は今のところ新聞を読んでおいたから(ビジネス上)助かったケースの方が多い。

確かに、旧来型のメディア企業のコストは高過ぎた。不当に高いテレビ局を別にしても、新聞・雑誌ともに給与レベルは一般企業とはかけ離れたものであって、そのシワ寄せがいま来ているのだけれども、この苦況を乗り切れば、新しいジャーナリズムの勃興があるのでは無いか?

叶わぬ夢かもしれないけれど、ジャーナリズムは永遠のものであって欲しい。

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